10/14 18:26 更新
あなたはどっち 社会・暮らし

お祭り、お金払って座る?

場面と、二人の言い分
  1. 青森ねぶた祭の有料観覧席が、今年は5万9336席売れました。コロナ前より6000席あまり多い数です。この席が売れたおかげで、実行委員会の収支は4年連続の黒字になりそうです。沿道の人出は約100万人で、こちらは2023年から数え方が変わっています。
  2. 「立ちっぱなしで見る夏は、もう終わり」
  3. 「お祭りは、座らせてもらう日じゃない」

どっちの味方?最初の印象で選んでください。

有料席を買う派 の言い分

夕方、仕事を終えてから、ゆっくり家を出ます。鞄に入れておくのは、座席の番号を書いた紙だけです。途中でお茶とおにぎりを買って、自分の席に着けば、それで準備は終わりです。前の人の肩の間から覗き込まなくても、目の高さにねぶたが来ます。
昔は違いました。子どもを連れて、昼のうちから沿道に立って、同じ場所でずっと待ちました。子どもは途中で飽きて、足が痛いと言って泣き出しました。いちばん見たかった大きいねぶたが来る前に、抱えて帰りました。帰り道で囃子の音だけが遠くに聞こえて、あの半日は何のためだったのかと思いました。次の年から、席を買うようになりました。
人には言いませんが、場所を取っている人たちの前を通るとき、少し気まずくなります。お金で前に出たと思われている気がするからです。それでも私は、祭りの参加費を払っているつもりです。席の代金で、祭りの帳尻が合っているはずです。席でも道でも同じものを見ていると言われると、少しだけ違う気がします。

相手へ:半日かけて場所を取るその時間は、お金になりませんよ?

無料の場所取り派 の言い分

昼過ぎに、折りたたみの椅子と敷物を持って、毎年同じ角まで歩いて行きます。隣に来るのは、だいたい顔を知っている人たちです。まだ何も始まっていない道で、去年はどこの団体が大きかったと話しているうちに、少しずつ人が増えてきます。この待っている時間が、私にとっての祭りです。
子どものころ、父の肩に乗って、この道で見ました。お金を払って座って見るものだという考えが、そもそも頭にありませんでした。今は家族で行きますから、人数分の席を買えば、小さな旅行と同じ金額になります。その分は、帰りに食べるものと、子どもの土産に回したいです。
席の人たちは、始まる少し前に来て、終わるとすぐに立って帰ります。見物としては、それが正しいのだと思います。ただ、道に座って待つあいだに近所の人と交わす話や、遠くから囃子が近づいてくるときのあの感じは、券には付いていません。私はそれを、毎年お金を出さずにもらっています。

相手へ:直前に来て終わったらすぐ帰る人に、祭りの何が残りますか?

どちらにも呼ばれない立場 作り手の味方

どちらの側から見ても、見えているのは出来上がった姿だけです。私たちは毎年、仮設の小屋を建てて、終われば片づけます。常設にしてほしいと言い続けていますが、費用の話になると、返事は先に延びます。

言い分は、世間の声をもとに編集部が脚色したものです。実際の発言と出典は、元ネタの記事にあります。

元ネタを読む →青森ねぶた祭の人出が285万人から100万人に でも、客は消えていない

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