10/14 18:26 更新
あなたはどっち 社会・暮らし

目の前の異変、自分で動く?

場面と、二人の言い分
  1. 走っている電車で、5号車の扉が8か所とも約15センチ開きました。10月11日の朝、つくばエクスプレスの秋葉原発つくば行きの列車です。車内の防犯カメラには、乗客が非常用ドアコックを操作した様子が写っていました。
  2. 「待っている間に手遅れになる」
  3. 「素人が触ると被害が増える」

どっちの味方?最初の印象で選んでください。

すぐ自分で動く派 の言い分

電車の中でうずくまっている人を見つけたとき、私は迷わず近くの人に声をかけて、壁のボタンを探します。周りを見ると、みんなスマホを見たまま、気づいていないふりをしています。あの空気が、いちばん怖い。誰かがやるだろうと全員が思っている車両では、結局、だれもやりません。
こう考えるようになったのは、学生のころにホームで人が倒れる場面を見たからです。私は動けませんでした。駅員さんが走ってくるまでのあいだ、ただ立って見ていました。あとで、もっと早ければ違ったかもしれないと聞かされて、私は何も言い返せませんでした。それから、間違ってもいいから先に手を出す人間になろうと決めました。
本音を言うと、係員を待つ人たちを、私は優しいとは思いません。あの人たちは、自分の判断を人に預けて、あとで責められない場所に立っているだけです。叱られるのは私でいい。「大げさでしたね」と笑われる夜のほうが、何もしないまま天井を見ている夜より、ずっと楽です。

相手へ:あなたが待っているその数分、倒れている人も待っているんですよ?

係員に任せる派 の言い分

私は電車の中で何かあっても、自分からは何も触りません。やることは一つだけで、いちばん近い車掌さんのところまで歩いて、見たことを伝えます。壁のボタンも、ふたの付いた取っ手も、素人が勝手に触っていい物ではないと思っています。説明を読まないまま触れる自信が、私にはありません。
実家が小さな工場で、父が機械の非常停止ボタンを扱っていました。押せば止まる、止めれば全部が止まる、止まれば朝まで帰れない。あの重さを、子どものころから台所で聞いて育ちました。善意で手を出した人のせいで、関係のない人の一日が消えてしまう。父は、その話を何度もしていました。
だから、朝の電車で手早く動きたがる人を見ると、私は身構えます。その人が取っ手を引いた先には、座っている人も、扉に背中を押しつけられて立っている人もいます。助けたい気持ちは本物でしょう。でも、その気持ちがどこへ届くのかを知らないまま動くのは、助けではなく、ただの賭けです。

相手へ:その取っ手が何のための物か、引く前に説明を読みましたか?実際に出た声 「原則として、係員の指示に従って」

どちらにも呼ばれない立場 扉の前に立っていた人

私はあの朝、扉に背中をつけて立っていました。動くか待つかを決める人の後ろには、押されて一歩も動けない人がいます。背中をつけていた扉が開く音を一度でも聞いたら、どちらの言い分も、ずいぶん遠くから聞こえます。

言い分は、世間の声をもとに編集部が脚色したものです。実際の発言と出典は、元ネタの記事にあります。

元ネタを読む →走行中のつくばエクスプレスで扉が開いた 自分が乗っていたら何を押すか

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