10/9 17:49 更新

熱はないですね。
どうぞお通りください

――ある空港の検疫で、乗客に

10/7 20:17 / 発信国:ケニア

ケニアで初のエボラ 19年で193人だったウイルスが今年8千人超

空港の検疫で、額に機械を向けられたことがある人は多いだろう。10月3日、ケニアのナイロビの空港で、その検査を通って入国した男性が2日後に亡くなった。ケニアで初めてのエボラの感染者であり、初めての死者だったと、保健省が6日に発表した。

男性はケニア人で、7年間コンゴ民主共和国(DRC)に住んでいた。ひと月ほど前に体調を崩し、DRCのいくつかの医療機関にかかっている。陸路でウガンダへ移り、10月3日の午後1時10分の便で着いた。保健省は家族と医療従事者28人を、21日間の隔離下に置いた。

なぜ、検疫をすり抜けたのか。保健相のアデン・ドゥアレは、男性が強い薬を飲んでいて、空港のサーモスキャナーで熱を見つけられなかったと話した。もう一つ、男性は入国時の健康申告書に自分の病気を書いていなかった。ケニアは5月以降、65万人以上を検査してきた。それでも1人が通った。

エボラは50年間、ほぼ同じあたりで起きてきた

エボラが初めて見つかったのは1976年、2か所で同時だった。旧ザイール(現在のDRC)のヤンブクで患者318人・死者280人、スーダンのンザラで患者284人・死者151人(米CDC)。そこから50年、発生地はほぼ中部アフリカの同じ帯に収まっている。この帯を大きく外れたのは、2014年から2016年の西アフリカだけだ。患者28,610人、死者11,308人。史上最大の流行である。

ケニアはウガンダと国境を接している。それでも50年、感染者は1人も出ていなかった。その記録が10月3日に終わった。

19年で193人だったウイルスが、今年8千人を超えた

今回のウイルスには、ウガンダの県の名前が付いている。ブンディブギョ型だ。2007年にブンディブギョ県で見つかったときの患者は131人、2012年のDRCでは62人。足して193人。19年間、それだけだった。

その型の流行が、今年5月15日にDRCのイトゥリ州で宣言された。WHOの集計では、7月30日時点でDRCの死者は1,587人。10月2日には4,018人、患者は8,300人になった。2か月あまりで2,400人以上増えたことになる。1976年に起きた2つの流行の死者を足した431人の、6倍近い数である。

ワクチンはないのか。エボラのワクチンも治療薬も、流行の多かったザイール型に向けて作られてきた。ブンディブギョ型には、承認されたものが1つもないとWHOは書いている。

この型は、6月にはフランスにも届いていた。DRCで5週間働いたフランスの医師が、帰国の途中で症状に気づいた。シャルル・ド・ゴール空港に着いたとき、医師は自分から保健当局に申し出て、その場で隔離された。7月4日に退院した。二次感染は出ていない。同じ型、同じ年、別の空港である。

ネットの評判

ケニアでは、発表そのものを疑う声がSNSで出ている。ケニア赤十字の事務局長アハメド・イドリスは、「作り話だ」「資金を集めるための手」と書き込む人がいるとして、「ひどく気がめいる」と話した。検体は国際基準の研究所2か所で調べたという。

政府と同行者を責める声も強い。医師の労働組合(KMPDU)の副事務局長は、重い病気だと分かっていながら連れてきたのは刑事的な怠慢だとして、逮捕を求めた。

ドゥアレは、ケニアで流行が起きているわけではないとしている。2014年、西アフリカの流行は空路でナイジェリアにも入った。リベリアから着いた1人から20人が感染し、8人が亡くなった。流行は2都市で止まった。ケニアがいま追っているのは、10月3日の便に乗っていた乗客23人と乗務員4人である。

出典

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