押し入れに、
まだあるかも
――The Onionが、1988〜91年の号を探している
写真はイメージ Photo by Unlimited Access on Unsplash
風刺紙The Onionが、創刊したころの自社の紙版を読者から買い取ると言い出した
アメリカの風刺新聞The Onionが、自分たちの古い紙版を読者から買い取ると言い出した。「ArchiveHunt」という募集ページを公開し、社内の保管庫に足りない号を一覧にしている。丸ごと足りないのは、第14巻から第19巻(1988〜1991年)と、第47巻から第49巻(2011〜2013年)。1988年から1991年にあたる6つの巻は、1号も残っていない。
The Onionは1988年8月29日、ウィスコンシン州マディソンで、大学の学生2人が始めた週刊の新聞だ。足りない1988〜1991年は、始まったばかりのころ。2011〜2013年は紙版をやめる直前の3年分で、最終号は2013年12月13日に出た。
自分の出した新聞が、自分の棚にない。なぜそんなことに。公式の募集ページに、理由は書いていない。
押し入れの1部が、穴を埋めるかもしれない
足りないのは、丸ごとの巻だけではない。1号刻みの指定も並ぶ。第21巻12号(1992年)、第22巻の4・5・7・16号(1992年)、第29巻の19号と22号(1996年)、第33巻9号(1998年)、第39巻5号(2003年)、第42巻5号(2006年)、第44巻49〜52号(2008年)、第45巻の1〜20号と33〜43号(2009年)、第46巻3〜52号(2010年)。最後の1行は、52号のうち50号が抜けているということだ。
では、手元の紙がどれに当たるのか。紙面の1面に、巻号と日付が刷られている。ただし、刷られている場所は号によって違う。特別号では「Volume 22 Issue 1」ではなく「22-01」のような書き方のこともある。
ここが、ややこしい。巻の番号は、年と1対1ではない。一覧にも、1989年に第15巻と第16巻が並ぶ。年から見当をつけるのではなく、1面の番号を見るしかない。
番号が分かったら、ページにあるGoogleフォームから申し込む。分かることを書いて送れば、The Onionが欲しい号だったときに、保管係から連絡が来る。
条件もある。号は、きれいで読める状態でなければならない。売れば、その号はThe Onionのものになる。ページには「cannot be returned」(訳:返却されない)と書いてある。
なぜ社内に残っていないのか
繰り返しになるが、The Onion自身は理由を説明していない。Hacker Newsでこの募集が取り上げられ、350点を超える支持が付いた。そこでは、古い紙が消える理由として、事務所の引っ越し、置き場所にかかるお金、何十年もそのままにしてきたことが挙がった。ただ、これは読んだ人たちの見方だ。
紙版そのものは、2024年8月に月刊の定期購読として戻ってきている。今も刷っている新聞が、昔刷った新聞を探している。
ネットの評判
コメントは50件を超えた。目立つのは思い出話だ。1990年代の初めにマディソンで何冊かもらい、まだどこかにあると思う、と書いた人がいる。トロントでは、地下鉄の駅などに無料で置かれていたという話も出た。毎号もらっていたのに取っておかなかった、という声もあった。
やり取りになったのが、「270-year archive」(訳:270年分の保管庫)という書き方だ。コメント欄で、募集の案内からこの一行が引かれ、本気か冗談かで短い議論になった。The Onion自身が「1756年に紙の新聞として始まった」と書いている、という引用も出た。1756年から数えれば、270年になる。
で、いくらで売れるのか。ページを最後まで読んでも、金額は書いていない。締め切りもない。あるのは足りない号の一覧と、「The more of our gaps you can fill, the more interested we will be」(訳:埋められる穴が多いほど、私たちの関心も高くなる)という一行だけだ。
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