10/6 22:19 更新

ありがとう、と
彼女は言った

――死刑を執行しようとした職員に

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10/2 18:03 / 発信国:アメリカ

米テネシー州の処刑室、針は7本 死刑執行が失敗した1時間

A person in white latex gloves drawing liquid from a vial into a syringe
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ある町の診療所で、腕に針が入らない。場所を変える。入らない。腕を変えて、また刺す。刺される側が「もう少し上、肩の方を試して」と自分で指し、入ったように見えた瞬間に「ありがとう」と言う。これはたとえ話である。

舞台は米テネシー州の処刑室

実際の場所は2026年9月30日の夜、米テネシー州ナッシュビルのリバーベンド最高警備刑務所の処刑室だ。州は、1995年の殺人事件で死刑が確定していたクリスタ・ゲイル・パイク(50)の刑を執行しようとした。

弁護人ランディ・スパイビーによると、執行チームは約1時間、点滴の管を入れる場所を探し続け、左腕だけで少なくとも7本の針が使われた。1本は抜いたときに曲がっていた。鎮静剤ペントバルビタールが2回投与されたが、パイクは死ななかった。2回目の後、右腕は紫色に変わり、注射部位には水ぶくれと熱傷の跡が残った。オハイオ州立大学のジョナサン・グロナー医師は、薬剤が血管ではなく周囲の組織に漏れた可能性を指摘している。午後7時26分にカーテンが開き、8時50分に救急車が呼ばれ、8時53分に立会人が退室を告げられた。

1995年、ノックスビルの職業訓練施設近くの林で19歳のコリーン・スレマーが殺害され、当時18歳だったパイクは1996年に死刑を宣告された。州にとって、200年以上ぶりの女性の処刑になるはずだった。

部屋にいた三つの立場

遺族。母メイ・マルティネスと義父ラウル・マルティネスは、寄付で旅費を集めてナッシュビルへ来た。1回目の投与から約15分でカーテンが閉じ、3分ほどで2回目を告げられた、とラウルは取材に語っている。開いたとき、パイクはまだ頭を持ち上げていた。メイはNBCニュースに「めちゃくちゃだった」と述べ、パイクが娘について何も語らなかったことに触れた。姪のモーガン・シーリーはFOX17に、祖母は翌朝も泣いていたと話した。

死刑囚。スパイビーによれば、パイクは「もう少し上、肩の方を試して。ここを試して」と何度も場所を示し、職員が管が入ったと思った場面では礼を言った。午後7時34分には「腕が破裂しそうだ」と訴えた。終始、穏やかで協力的だったという。カーテンが閉じたあとも、いびきのような音が立会人に聞こえていた。

執行する側。州矯正局は、法に定められた手順の全段階に従ったと説明した。立ち会った記者の一人、WKRNのトーリ・ゲスナーは、テネシーで5件の執行を見てきた記者だが「今日は、何一つ普通でも典型的でもなかった」と語った。部屋の外では、弁護団が州知事室に連絡したが返答がなく、州最高裁の緊急番号は留守番電話につながった。スパイビーは「残酷で、拷問だった」と述べ、減刑を求めている。

ビル・リー州知事は10月1日、第三者による検証を指示し、年内に予定されていた残りの執行は行わないと発表した。「これは悲劇だ。昨夜起きたことを望んだ者は誰もいない」。第三者はまだ決まっていない。

ネットの評判

X(旧ツイッター)で目立つのは、パイクに同情が集まることへの反発だ。英IBTimesが紹介した投稿には、今になって同情するな、殺された少女を忘れるのか、といった言葉が並んだ。同誌は、これらは個々の反応であって世論を測ったものではないと注記している。義父ラウル・マルティネスもフェイスブックで、州が執行を失敗させたと書き、「今は機嫌がいいとは言えない」と記した。

出典

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