『ナポレオン』『帝国陸軍の暗号』『217年封印』
ロマン膨らむ暗号書簡の解読をついにAIが!
1865年のナポレオン書簡集
写真はイメージ Photo by Magic Fan on Unsplash
217年だれも読めなかったナポレオン軍の暗号、中身は味方の兵力の名簿
1809年3月にナポレオン軍の中で書かれ、217年だれにも読めなかった暗号の手紙が解読された。解いたのは、セキュリティ企業SentinelOneのカーター・チャーチ氏。OpenAIの「GPT-6 Astra」に写し1枚と「解いてほしい」の一言を渡すと、約6時間で全文の読みが出た。
期待させる材料はそろっていた。暗号表は失われ、記号は155種類。意味が分かっていたのは33だけだった。しかも、この手紙を送らせた3月16日の指示は1865年のナポレオン書簡集に載っているのに、敵を評した一節だけが「par une poignée de(ひと握りの)」で切れ、あとは点線である。ひと握りの、何なのか。217年、そこは空欄だった。
封は開いた。差出人は、ナポレオンの指示を受けた継子でイタリア副王、ウジェーヌ・ド・ボアルネの司令部。宛先はアドリア海の向こう、ダルマチアのマルモン将軍。中身は——ダンツィヒ公が4万のバイエルン兵でミュンヘン、ポニャトフスキが3万のポーランド兵でヴィスワ川、アウエルシュタット公が8万のフランス兵でバイロイト、ウディノが4万の精鋭でアウクスブルク。「ロシア軍はオーストリアに向かって進んでおり、フリウリの軍は今日8万」。味方の兵力の名簿である。
名簿の先にあった一言
名簿の先に、それはあった。「進軍の命令を受けたら、わずかな軍勢やならず者の寄せ集めに気圧されるな」。マルモンは約1万3000の精鋭とともに、ほかのフランス軍からオーストリア領で隔てられていた。チャーチ氏いわく「帝国でいちばん孤立した将軍」。封じられていたのは、密命でも陰謀でもなく、この押し出しの一言だった。
ただし、点線の中身が確定したわけではない。暗号の手紙は司令部による言い換えであり、チャーチ氏の言い方では「点線が隠していたものの最初の直接の証拠」にとどまる。点線になった理由も分かっていない。写しの段階で読めなかったのか、編者が落としたのか、同氏も決めかねている。解読そのものは、歴史暗号のデータベース「Cryptiana」のSatoshi Tomokiyo氏が確かめ、手紙は未解決の一覧から解決済みの一覧に移った。手紙の年代も1807年から1809年に直った。読みの確定しない記号は5つ残る。
キングス・カレッジ・ロンドンのマイケル・ロウ氏の評は「ある意味、何も新しいことは語っていない」。なお、この一言の約1か月後、フランス軍は約8100のオーストリア軍にズルマニャ川の陣地を奪われ、約1000の死傷者を出している。それでもマルモンは5月に押し返し、7月のワーグラムに間に合っている。
217年の封印を解いて出てきた一行は、つまるところ「ひるむな」だった。
- Breaking the Marmont Cipher, 1809 - Carter Church
- GPT-6 Codebreaking AI Deciphers 217-Year-Old Napoleonic Cipher - The Cryptonomist
- AI decodes 217-year-old Napoleonic letter in 6 hours - Euronews
- Dalmatian campaign of 1809 - Wikipedia
- Publication of the complete Correspondance of Napoleon I - Fondation Napoléon
- 'A kind of Rosetta Stone': AI decodes 217-year-old secret letter ordered by Napoleon - Live Science
あなたへのおすすめ よく読むカテゴリーから
よく読まれている記事
匂わせ
なかったよね
――あるユーザーが、突然の報告に
久保建英と福原遥が電撃婚、欧州旅行の写真は2年前から公開されていた
ネクタイなし、片手は後ろ、浅いお辞儀
timeleszの謝罪会見に集まった指摘
timelesz7人の謝罪会見、服装と所作に指摘 SmartFLASH報道、2018年のTOKIO会見と比べる声
謝罪会見が始まる前に、写真はもう7人になっていた
timeleszのアー写差し替えと、佐藤勝利の立ち位置
timeleszのアー写が7人に差し替え 謝罪会見の前に変更、佐藤勝利がセンターと報道
8月26日以来の投稿は、7人の写真だった
timelesz公式インスタグラム、2026年10月3日の更新